大災害時における小児科医の役割

2011年3月11日のこと、その後に次々と起きた出来事について忘れることができませんし、忘れてはならないと思います。

やっちー

2011年3月11日のことについて、その後に次々と起きた出来事について、忘れることができませんし、忘れてはならないと思います。
当時、日本中、世界中のメディアに掲載された数多の写真の中で、強く心に残っているのが最初の写真です。私の写真録にも大切に残されています。当時は義理の父と何日も連絡が取れず、石巻で開業している同級生の消息が分からず、心配な日々が続きました。それぞれが個人としての体験を持つと同時に、小児科医としては大災害時の連携、対応について様々なことを学ばざるを得なかったと感じています。
災害時のリエゾンについて最初に学んだのは、神戸大学精神科名誉教授(当時は現役)中井久夫先生が書かれた本『1995年1月・神戸』を読んだ時でした。中井先生の著作を読んだのはこれが最初でしたが、混乱する神戸で継続した治療が必要な精神科の患者さんたちを守るために必死の努力を続ける中井先生と医局の先生方の姿に、熱い気持ちがこみ上げて来ました。学会2日目の午後、総合シンポジウム6「大災害時における小児科医の役割〜災害時小児周産期リエゾンの挑戦」では、最も弱いものたちのために、小児科医が何をなすべきか、近年の経験を踏まえて私たち小児科医が学んできたことを振り返ることになるでしょう。

若手 S

これは大変な仕事だ!

災害時小児周産期リエゾンの担うべき機能

  • 災害時小児周産期リエゾンが担うべき機能は以下の通りである。
  • 被災地における小児・周産期医療ニーズの情報収集と発信
  • 被災地外における小児・妊産婦受け入れ体制の構築
  • 平時における小児・周産期医療ネットワーク構築と訓練
  • 行政機関と連携した災害時の小児や妊産婦にかかる医療や保健課題解決
若手 K

いつか当事者となるかわからない災害にしっかり備える必要がありますね

若手 T

貴重なお話が聞けそうです

総合シンポジウム8
大災害時における小児科医の役割〜災害時小児周産期リエゾンの挑戦〜

日時;4月20日(土)13:30〜15:30
場所;第6会場 (ホテル日航金沢 4階 鶴の間A)

座長
 井田 孔明(帝京大学医学部附属溝口病院小児科)
 和田 和子(大阪母子医療センター)

演者
 祝原 賢幸(厚生労働省医政局地域医療計画課 救急・周産期医療等対策室)
 廣田 篤史(国立循環器病研究センター小児循環器科)
 塚原 紘平(岡山大学病院高度救命救急センター)
 土畠 智幸(医療法人稲生会生涯医療クリニックさっぽろ)
 古家 信介(大阪市立総合医療センター救命救急センター)
 大川 貴司(陸上自衛隊陸上総隊司令部)
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注:この記事は谷内江昭宏先生が第122回小児科学会学術集会@金沢のFacebook公式ページに投稿した内容を許可を得て若手小児科医グループで再編集し掲載したものです。谷内江先生の発言以外の記載・タイトル・追加情報は主に若手Sによるものです。

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若手小児科医による特別企画に向けた事前アンケートのお願い

若手小児科医による特別企画を行うにあたり皆様からアイデアを募ることにしました。テーマは “あなたが学術集会会頭になったとき、実現させたい斬新な企画を教えてください!!” です。いいアイデアは当日や当サイトでご紹介させていただきますし、実際に小児科学会へ提言します。もちろん当日参加できない方の意見も大歓迎です!

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